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6L6GCクロスシャントプッシュプルアンプ

(株)染谷電子より発売されたCSPP(クロスシャントプッシュプル)専用出力トランス ASTR-12の試作品(下の試作トランスの 写真では塗装が黒の三分艶になっていますが、量産品はサテン地塗装になります。)を使って、6L6GCアンプを製作しましたのでご紹介します。

CSPPというと、ベテランの真空管アンプ愛好家でもあまりご存知無い方が多いようです。
しかし、例えばマッキントッシュの管球アンプMC275を はじめとするシリーズは全てCSPPアンプですし、国内ではラックスがMQ80やMB3045など数機種のCSPPアンプを発売していましたので、 CSPPという言葉は知らなかった方でも、アンプの方はご記憶の方もおられるのではないでしょうか。

CSPPの一種であるSEPP(シングルエンデッドプッシュプル)まで含めると、広義のCSPPには多くのバリエーションがあります。
それらの中でASTR-12を使って実現できるのは、一次巻線のプレート側とカソード側をバイファイラ巻きにして結合度を高めることで コンデンサを用いて結合させる必要の無い、いわゆるマッキントッシュタイプのCSPPアンプです(米国ではUnity Coupled Circuitと呼ばれ、 当時特許を取っていたようです。
その他に並列型SEPPも実現できますが、この場合はセンタータップは使用しません。) 1962年に発売された マッキントッシュアンプの最高峰であるMC275は、近年になって復刻版が発売されるなど、現在でもファンの熱い視線を集めるアンプです。
このアンプを頂点とするシリーズは全てバイファイラー巻き(またはトリファイラ巻き)の出力トランスを用いたCSPPで、ASTR-12を 使えば、これらのマッキントッシュタイプのCSPPアンプを製作することができます。
ただし、MC275には(CSPPの部分は何ら変わりは 無いのですが)ドライブ段へのフィードバックのためトリファイラ巻きの出力トランスが使用されていますので、ASTR-12での回路コピーは 残念ながらできません。
しかし、それ以外のバイファイラ巻きの出力トランスを使用している弟分のアンプ、例えばMC240と同等の回路でアンプを 製作することができます。

CSPPについての技術的な説明は、このページの一番下に参考リンクをいくつかご紹介しましたので、そちらで勉強していただくとして、 私がCSPPについて特に興味深いと思うのは、プッシュプルの信号合成についてです。一般的なプッシュプル動作であるDEPP (ダブルエンデッドプッシュプル)は、出力が直列加算となるために出力トランスの一次側の電磁結合によってプッシュプルの信号を合成しているのに 対して、並列加算であるCSPPでは電磁結合に頼る必要がありません。プッシュプルの信号合成をトランスの電磁結合に頼らないという点は、 インターネット上で有名な差動PP(プッシュプル)と同じです。プッシュプルながらシングルの音がするという評判の差動PPですが、私は CSPPにもこの点について差動PPと共通のテイストを感じています。またCSPPは、純A級動作しか出来ないという差動PPの欠点とも 無縁ですので、大出力を望む場合には断然有利です。

プッシュプルの信号合成において出力トランス一次側の電磁結合に頼らないと書きましたが、(プレート側とカソード側一次巻線の結合にコンデンサを用いない、狭義の)マッキントッシュタイプのCSPPはそもそもCSPPの成立条件としてバイファイラー巻きによる一時巻線の電磁結合が不可欠ですから、間接的には電磁結合に頼っていることになります。しかしながら、通常の出力トランスの一次巻線のP1-B間とB-P2間は、両者間の結合は二の次で、二次側との結合を重視して設計されることが常ですから、バイファイラー巻線間の非常に密な結合と比べて結合度はかなり落ちます。したがって、DEPPとの比較においてはマッキントッシュタイプのCSPPのアドバンテージの一つとして挙げる事が出来るのではないかと思います。ちなみに他のCSPP(例えばCIRCLOTRONなど)は、出力トランス一次側の電磁結合には全く頼ること無くプッシュプルの信号合成をしています。

また、CSPPの大きな特徴として、出力インピーダンスが低いということが挙げられます。 出力インピーダンスが低く、ダンピングの効いたアンプを 作ろうと思った場合、簡単に実現しようとすると三極出力管(または多極管の三結)を用いることになると思います。しかし、ある程度大出力のアンプを 作りたい場合には、使える三極出力管は限られてしまいます。 多極管の場合は内部抵抗が高いため、通常のDEPPであれば多量の負帰還を上手に 利用することが、低い出力インピーダンスのアンプを製作する鍵となります。 しかし、多量のNFBを安定して掛けるには、副作用を抑えるための 正しい知識と測定環境が必要で、趣味の工作で真空管アンプを作っている人の全てが、その知識と測定環境を持っておられるわけでは無いと思います。 そんな時、CSPPなら多極出力管を用いても、オーバーオールNFBに頼ることなく低い出力インピーダンスを得ることができますので、 CSPP専用出力トランスが発売された今なら、CSPPを用いるということも有望な選択肢のひとつだと思います。

一般的にCSPPのデメリットとしては、フローティング電源が必要なこととか、出力段の励振電圧が非常に高いこと、そしてカソードが信号電圧で アースから浮くため、ヒーター・カソード間の耐圧が気になることなどが挙げられますが、マッキントッシュタイプならフローティング電源は 必要無く通常のDEPPと同様の電源構成で大丈夫ですし、負荷をプレート側とカソード側に分割していることから他のCSPPと比較して、 同じ動作条件なら励振電圧は半分で済みますし(それでも通常のDEPPより大きな励振電圧が必要ですが)、カソードの振幅が半分になりますので、 ヒーター・カソード間の耐圧は、よほどの大出力を狙わない限り、気にならなくなります。このような理由でASTR-12を使用した マッキントシュタイプのCSPPであれば、初めての人でも挑戦しやすいのではないかと思います。

上の取り消し線の部分のマッキントッシュタイプと他のCSPPとの比較において間違いがあります。他のCSPPというのはCIRCLOTRONというエレクトロボイス社他より発売されたアンプを指しており、これら以外には市販されたCSPPアンプは存在しないと思います。このCIRCLOTRONという回路は、交流的にはマッキントッシュと等価であり、励振電圧とカソードの振幅は同じです。当時はCIRCLOTRONについての理解が浅く、誤りに気が付きませんでした。ごめんなさい!

新型出力トランス ASTR-12のスペックを以下に示します。

ご覧の通りASTR-12は一次側インピーダンスが、3.5kΩ/5kΩとユニバーサルタイプになっており、多くの出力管に 対応できるようになっています。これまでメーカー製のCSPPアンプはありましたが、CSPP専用の出力トランスが市販されるのは恐らく 初めてのことだと思います。何故この種のトランスがこれまで市販されなかったのか、理由は分かりませんが、一般に手に入らなかったということが CSPP動作の理解の妨げになっていたことは否めない事実でしょう。実際、一般的な理解度は非常に低いと思われます。

このページを書いた後にLUXのCSPPアンプに使われたGX100-3.6というクワドラファイラー巻きの出力トランスが発売されていたことが判明しました。重ねてゴメンナサイ!

例えばバイファイラ巻きのような高度な巻き線技術=万能なトランスが出来るという誤解をされている方がおられるようで、無理矢理DEPPに 使用して失望されるというような笑えない話が現実に起こるのではないかと思います。 バイファイラ巻きは2本の電線をぴったりと合わせて整列巻きを するため、両巻線間の容量成分が非常に大きくなり、管球式DEPPには通常使うことは出来ませんので注意が必要です。CSPPにおいては、 プレート側の巻線とカソード側の巻線には同相かつ同じ振幅の信号が流れますので、両巻線間には信号は印加されずB電圧(直流)のみが 印加されることになります。そのため、巻線間の容量分は特に問題の原因にはなりません。この構造のトランスは、DEPP用出力トランスと比較して インピーダンスが1/4となることも手伝って、帯域の広い、高域の減衰の素直なトランスに仕上がります。

マッキントッシュタイプのCSPPの成立条件は、プッシュプル動作を構成する出力管どうしの、一方のプレートを他方のカソードにAC的に 接続することなのですが、これを実現する方法は2つあります。ひとつはコンデンサで接続する方法です。この場合は2つの巻線は必ずしも 電磁結合している必要はありませんので、例えば別の2つの出力トランスを使っても問題無く動作するはずです。そしてもう一つの方法が、 ASTR-12のようなバイファイラ巻きによる密な結合を利用する方法です。バイファイラ巻きをした2つの巻線は結合が非常に密となり、 結合度が限りなく1に近くなります。その結果、双方の巻線はほぼ同じ動きとなりAC的に接続された状態と等価となります。 マッキントッシュアンプは後者の方法を選択しているわけですが、前述のように、このタイプの出力トランスは非常に素直な高域の減衰に特徴が ありますので、副次的な効果として出力トランスの優秀な性能を享受することができることになります。(もしかしたら副次的な効果ではなくて、 高性能な出力トランスを利用するための選択だったのかもしれませんが...)

回路図


メーカー製CSPPアンプといえば、マッキントッシュやラックスに例を挙げることができることを述べましたが、いずれのアンプも多段にわたる ドライブ回路構成になっており、複雑なフィードバック技術を駆使しているなど、コピーするにも大変な規模と難しさです。そこで、本機ではCSPPの素性の 良さを生かすため2段構成とし、可能な限りシンプルに徹することに留意しました。2段構成ということで裸利得が大きくなく、オーバーオールNFBは 6dB程度しか掛かっていませんが、前述のとおりCSPPは出力インピーダンスが低いため、NFBにそれほど頼る必要がありません。 こんな簡単な回路で少ないNFBでも、ここまで出来ますよ、という良い例になったのでないかと思います。

マッキントッシュタイプのCSPPにおいては、出力段の利得が出力管のgmに応じて大体1.4~1.9程度となりますので、通常のDEPPと 比較して、大きな励振電圧が必要です。 従ってドライブ回路の利得や最大振幅が大きなものが必要となるため、gmの高い多極管6EJ7を用いた 差動アンプとし、出力段よりも高い電源電圧を用意して対応しています。

6EJ7は利得が高く取れる高gm管ですので、バラツキが大きいようです。そもそも差動回路で使われる球ではありませんのでペアチューブは 存在しませんから、最初は選別によってペアを取ろうと考えていたのですが、よほどの数量を確保しないと2ペアの選別は難しいようです。 そこで止む無く半固定抵抗を調整してDCバランスを取ってやることにしました。無信号時に6EJ7の双方のプレート間の電圧をテスター等で 測りながら、電位差がゼロになるように両カソードに接続されている50Ωの半固定抵抗を調整をしてください。 経時変化があり、常にピッタリと 合わせることは難しいため、大きく差が無ければOKです。 この段は差動回路になっていますのでACバランスは自動的に取れるため、DCバランスが 少々狂っていても大きな問題はありませんが、もし、大きく狂うと最大ドライブ電圧が低くなってしまい、出力段を充分にドライブ出来なくなる可能性が ありますので、あまり大きく狂わないように注意して下さい。

出力管は6L6を自己バイアスとし、ほぼA級動作で動かしています。マッキントシュタイプのCSPPは、通常のDEPPとニーポイントが 同じになりますので、入力信号電圧以外はメーカー発表の動作例をそのまま当てはめることが可能です。両プレート間の負荷インピーダンスを、 プレートとカソードに分割しますので、例えばDEPPでプレート間が5kΩの場合は、両プレート間、カソード間にそれぞれ1.25kΩとなります。 本機はプレート電圧270VのA1級PPの動作例を踏襲していますが、仕上がり時の電源電圧が若干高めになっており、プレート電圧 (=スクリーングリッド電圧)が約280Vになりましたので、定格の大きな6L6GCの方を使用されることをお奨めします。


電源トランスP105-37とチョークコイルL5433G(下の写真参照)は、このアンプのために染谷電子に巻いてもらいました。 出力トランスと同様に染谷電子より購入が可能です。電源トランスはコアを通常よりもワンサイズ小さなものを選択し、その分積厚を高くして、 少々ノッポの出力トランスとの外観上のバランスを取っています。チョークコイルはシャーシ内に納まる小型のバンド型とし、贅沢に電源を左右に 分けて高性能化を図りました。

電源回路もシンプルさを追求したつもりですが、当初の回路では初段のB電源のリップルに起因するノイズが非常に大きかったので、初段の 電源回路の強化を余儀なくされました。上記の回路が改良版ですが、電源のリップルによるノイズは問題無いレベルに収まっています。

本機に使用したケースは、TAKACHIのUSシリーズ、US-320H(320mm×230mm×H55mm)というものです。 2mm厚のアルミにブロンズのアルマイト加工を施したもので、価格の割に高級感のあるケースです。配線はご覧の通り、基板を一切使わずラグ端子を 使って配線しています。

測定データ

以下に組み上げた実機の測定結果をグラフにしたものを列挙します。

無帰還状態と仕上がり状態の周波数特性の比較のグラフ(上左図はLch、上右図はRch)です。
高域が非常に素直に減衰しており、出力トランスの 優秀さが出ています。

続いて歪率特性です。 本機ではオーバーオールNFBが6dB程度しか掛かっていませんので、歪率はそれほど低くはありませんが、低域から高域まで よく揃っており素直な歪率となっています。 最大出力は20W+20Wというところでしょうか。目視クリップ点は約18Wでした。

出力インピーダンスを注入法にて測定しました。オーバーオール無帰還でも1kHzのDF(ダンピングファクタ)がLchで3.71、Rchで 3.56と三極管以上の高さを記録し、CSPPの特徴がよく出ています。多極出力管のDEPPではカソード帰還を掛けても、ここまで高いDFは 得られないと思います。NFBを少し掛けた仕上がり状態では、Lchが9.26、Rchが8.45のDFとなりました。

最後はクロストーク特性です。一方のチャンネルに入力した信号をスイープさせて、もう片方のチャンネルの出力端子にどれだけ漏れ出てくるかを 測定しています。なお、不使用チャンネルの入力端子は開放し、入力ボリュームを最小の状態にしています。 60Hz、120Hz、240Hzで クロストークが悪くなっていますが、これはハムノイズの影響をうけたもので、クロストークがハムノイズにマスクされているためです。 ハムノイズの影響が無ければ、クロストークは20Hz~20kHzの可聴帯域において-90dB以下ということが云えると思います。

残留ノイズは、Lchが703.1μV(10~300kHz)、82.08μV(IEC-A)で、Rchが462.3μV(10~300kHz)、 64.38μV(IEC-A)となりました。全帯域でのノイズがIEC-Aフィルタを掛けた時の値と比較して大きいですが、これはフリッカーノイズが 多いことが原因です。小出力領域の歪率のグラフが若干波を打ったものになってしまいましたが、これもフリッカーノイズの影響です。

総括

本邦初のCSPP専用市販出力トランスということで、ある程度真空管アンプを作った経験はあるけどCSPPは初めてという人向けに、 回路の設計を行いました。第一弾としては、回路のシンプルさとCSPPならではの音質との共存が上手くできたのではないかと思います。 自分のプライベート用のアンプだと変に凝ってしまったりするのですが、シンプルに徹したアンプでも、というかその方が良い音を聞かせて くれたりして... 私の拘りは何だったの?という感じがします。 このアンプは、㈱染谷電子の応接スペースに置かれることになりますので、 首都圏の方でしたら、気軽に訪問して音を聴いていただけますので、是非聴いてみて下さい。

私はこのところCSPPアンプ一辺倒みたいな感じになっていますが、私をそうさせる何かがCSPPというアンプにはあると感じています。 問題は世間の認知度があまりに低いということ! このページを読んだ方が、一人でもCSPPに興味を持って頂けたら非常にうれしいです。 CSPPにはメリットもデメリットもあり、今現在は一般的に知られる存在ではありませんが、半導体が駆使できる現代の状況からしたらCSPPの デメリットを克服することは、当時よりもはるかに簡単なことのように思いますので、これから少しでもCSPPアンプファンが増えることを 願ってます。

このアンプに関するご意見、ご質問はarito@maekawa.com(ARITO@伊吹山麓)までお願いします。

資料編

以下にマッキントッシュタイプCSPPアンプについて、参考になるページや、製作例のリンクをご紹介します。